品川隆幸 有料note 1

天狗になった鼻は、必ずへし折られる。そして俺の足もへし折られた。

前立腺癌との戦いが一段落したと思った途端の骨折で、 ブログからかなり当退いてしまった。しかしようやく書いてみる気になった。これは自分に対する戒めの記録として残し、将来の参考としたい。天狗になった鼻は、必ずへし折られる。そして俺の足もへし折られた。

朝、工場内の段差40センチメートルの所から落ちた。

そこですかさず、見事なスライディング!
と思ったが、うまくコケたつもりが立ち上がれない。

仕方なく近くの整形外科病院へ直行。
すると、やはり骨折していた。
こんなに簡単に骨折するものなのか?
少し捻っただけなのに、左足首の少し上の後ろ側(腓骨骨折)と足の第2、3、4指の付け根3本を骨折してしまった。
えらい重症だ。
今までの人生で初めての経験だ。

その整形外科では、「ボルトを入れた方がベストですよ。」と言われた。
ボルトは怖いからギブスにしてもらえないかと言ってみたら、ギブスでも可能だが、完治まで長期間かかるとのこと。
また、「その間に骨がズレたらえらいことになりますが、いいですか?」
と脅された。
困りながらしばらく思案していたら、総合病院のいい先生がいますからとさっさとと紹介された。

弦を担ぐつもりはないが、骨を折った29日は仏滅だ。
できれば仏滅は縁起が悪いので避けたい。
そこで翌日の30日に紹介状を持って、紹介された総合病院へ行った。

総合病院で検査を受けたところ、結果早く処置をしなければえらいことになることがわかり、即入院。 
切開して金属プレートを当てボルトで固定することになった。

結構大手術になった。

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手術の内容は、長さ約15センチの金属板を貼り付けるため、ボルトを下側5本と上側3本のボルトで固定する。

朝10時手術室に入って、すぐ全身麻酔を打たれ、そして足首に部分麻酔を
打たれた。
そこまでは記憶していたが、完全に気絶してしまった。
手術は昼過ぎには終わったらしい。
気がついたのは夕方になってからだった。
麻酔がだんだん切れてきたのがわかる。
あっちこっちがこそばゆい。
点滴に痛み止めが入っているらしいが、だんだんと鈍痛が頭までくる。
それからが地獄の苦しみが始まった。

それから4日4晩眠れず、その苦しみは今考えてもゾッとする。
なぜなら、自分の足の痛みだけでなく、病棟内では夜な夜な大きなうめき声や叫び声が聞こえてきて、眠れたものではなかったからだ。
そんな環境のストレスのせいか、人一倍辛抱強いと自負する自分であったが、痛み止めのせいで胃までキリキリ痛む。
おまけに外科の入院棟は、一晩中苦しみを持った人達のうめき声や喚き声が絶えない。
その声は、両足切断した人、肛門の手術をした人らが夜通し喚いている声だ。
「先生〜! 痛い〜! 助けて〜〜〜〜〜!」 と絶え間なく聞こえてくる。
その感看護師さんたちは走りながら応対する。
まったく頭の下がる思いだ。

私の手術の痛みは、4日過ぎる頃には地獄の痛みからは抜け出せた。

しかし反対に胃の痛みはますます酷くなり、とうとう主治医に痛み止めの中止をお願いした。
この胃のキリキリとした痛みに比べると、足の痛みの方がずっとマシだった。

最初、入院は1ヶ月くらいと予定されていたが、これ以上病院で苦痛を感じるのは耐えられない。
静かなところで療養し、安静にしていたい。
そこでこれまた主治医に、少々早めだが退院したいと頼んでみた。

主治医も事情は理解してくれた。
しかし1週間での退院はあまり例がないそうだ。
それでもどうしてもと退院したいとなれば、「責任は持たんよ」と言われてしまった。
それでも構わないと答えると、ギブスでガッチリで足を固められ、無事に退院することができた。

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退院したのは6月8日(土)だった。
胃の痛みは相変わらずで、胃をぎゅーっと絞られるような鈍痛と、キリキリと何かで引っ掻くような痛みが連続して襲ってくる。
胃の痛みの原因は痛み止めの薬であることはわかっている。
だからその痛み止めをやめたのに、なぜこんなにも痛い!
家に戻ってからは病院で処方された胃薬に加え、さらに薬局で買ってきた陀羅尼助(和漢方の胃薬)も飲んだ。

そこから1週間経ち、徐々に痛みが柔らぎ、少し眠れるようになった。

そこから松葉杖の練習とリハビリを1週間続けた

が、難しい。
ギブスで固めた左足は、まだ骨が固定されていないので、絶対に足を着けない。
そのため、4、5回はひっくり返った。
あわや骨折かと思ったが、なんとか際骨折は免れた。
しかし危ないところであった。
こうも松葉杖が下駄くそでは移動ができない。
そこで社会福祉協議会で車椅子を借りることにした。

毎週 レントゲンで状態を観る。骨はずれていないか? ギブスの上からの撮影で
はっきり見える。

通院して3週間目で 骨がくっついているのが確認された。
先生も「きれいについているね、これならギブス外してもいいね』と言ってくれ、
取り外すことになった。暑さで蒸れて大変だったのでやれやれだ。

しかし 難題は、まだかかとを着くなという医者の指示だ。
これはさらに難しい、ギブスを着けている時は結構気軽に着いていたのだが、
素足になってみれば、かなりプレッシャーだ。

退院して6月10日(月)から、レンタルで車椅子と松葉杖を借りて出勤をしていた。

無理はしたくなかったが、6月は総会シーズンなのだ。どうしても
出席しなくてはならない会合には、松葉杖と車椅子を車に積んで、ホテルや
会議場へ。
これも一苦労だ。ふと思いを馳せた。
障害者の皆さんは毎日毎日どれだけ不自由で、苦労とストレスを抱えて
生活をしておられることだろうか?
自分が障害者になってみて体感することで、この貴重な体験は必ず
活かそうと思う。

7月からは、様子を見ながら、リハビリと車椅子の練習と、松葉杖の練習を
真剣に、必死でやった。ちょっとした油断でここまで苦労するとは〜〜

それと、この度たくさんの皆様に多大なる迷惑と心配をかけてしまった。
悔やまれる。

8月に入ってからは、カカトが弱冠着けるようになった。

レントゲンの結果も良好。
しかし足の腫れ、むくみが全然引かない。少し歩くだけで、キンキンに膨れ上がる。
異常かと先生に聞いたら、それが普通だという。
「日にち薬です。腫れが引くのは、半年はかかります」とのこと。
左足はもちろん靴は履けないから、マジックテープ付きのサンダルを購入して
着用中である。
ウォルナット材の杖は常用中で助かっている。
これが、転ばぬ先の杖というものか…。

 

足の腫れが劇的に引いた。

9月1日日曜日のことである。
びっくりするほど腫れが引いた。
早速その左足の靴を取り出して履いてみた。
 少しきついが履けたではないか!
久しぶりの感動である。
外へ出て歩いてみた。

気持ちがいい!
やっぱり気持ちがいい。
4ヶ月ぶり普段の靴を履いて歩いた。
普通に歩けるということが、こんなに気持ちがいいとは!
歩ける嬉しさに、夢中で歩いた。

しかし、調子に乗ってはいけなかった。

腰が強烈に痛み出した。

皮肉なことだ。 
 あまり歩いていないときは腰痛は無かった。
ところが歩き出した途端の腰痛とは。
それまであまり歩いていなかったのに、急に歩いたことが響いたようだ。

あまりの腰の痛さに、いつものかかりつけの整骨院へ直行した。
ここでの主治医はカイロドクターのT先生だ。
T 先生の背術のおかげで、すぐ痛みは飛んで行った。
T 先生ありがとうございます!
T先生は、東大阪でも有名な名医である。
お陰様でまた歩けるようになった。

この足の腫れもやはり日にち薬で、徐々に治っていくものらしい。


天狗になった鼻は、必ずへし折られる。
そして俺の足もへし折られた。

前立腺癌との戦いが一段落したと思った途端の骨折で、 ブログからかなり当退いてしまった。
しかし、ようやっとやっと書いてみる気になった。
これは自分に対する戒めの記録として残して、将来のために記録しておこうと思う。

本当に沢山の人にご迷惑をかけることになった。
大変お世話になり、感謝に絶えません。
この度ほど、人の情けを強く強く感じたことはありません。

それは、周りに対する感謝を思い出せという天の声だったのか。
誠にありがとうございました。

では。
2019年10月